中国のお正月、春節

中華圏では重要な祝祭日の一つ、春節は今年は2月18日でした。パリのチャイナタウンでは、獅子舞、
龍踊り仮装行列が行われ、賑わいのようすをテレビで放映していましたが、ルマン市で一番大きいアジア
マーケットでも中華系の人たちがお祝いをしていて、客が多い土曜日の午後は、獅子舞いを披露し、客にも
飲み物やお菓子を振る舞っていました。このスーパーは、日本の食品や調味料も少し置いてあり、重宝して
います。
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ASIA MARKET
5 rue Thomas Edison, 72000 Le Mans
Tél. 02 72 91 99 88
27 Boulevard Emile Zola, 72100 Le Mans
Tél. 02 72 91 99 88
Village de Chine
9 Avenue Georges Durand, 72100 Le Mans
Tél. 02 43 75 57 91

音楽専門ヨーロッパ州立技術専門学院

ルマン市のメンヌ大学の近くにあり、全国的にもヨーロッパでも珍しい学校と思われますので、
ここで紹介しておきます。

I'ITEMM insutitut technologique européen des métiers de la musique
                            音楽専門ヨーロッパ州立技術専門学院

ピアノ、吹奏楽器、ギターの製作、維持管理、修理部門
舞台やスタジオでの音響に関する職業部門
楽器の営業販売部門
など、音楽関係の専門技術を学ぶ主な欧州立学校のひとつです。
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71, avenue Olivier Messiaen
72000 LE MANS – France
téléphone : 00 33 (0)2 43 39 39 00
télécopie : 00 33 (0)2 43 39 39 39
courriel : contact@itemm.fr

レーサー養成学校

ルマン市はモータースポーツの盛んな所だけにレーサー養成学校があります。1993年に発足し,
セバスチャン・ブーデ、フランク・モンタニ、ステファンヌ・サラザン、ジョナタン・コシェなど
有名なフランス人レーサーを輩出したモータースポーツのフランス連盟付属コースが2007年2月5日、
Auto Sport Academyと名前も新たに発足しました。レーサー養成に重点を置いているものの整備工
やモータースポーツに必要な人材養成をしています。国際化を強化するため、すでに生徒の半分は、
ヨーロッパ、南アメリカ、中東から選抜していて、将来、アジアを対象としています。
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朝市、マルシェ

カテドラルの前にあるジェドー広場(Place du jet d'eau)には、水曜日は小さい朝市が立ち、金曜日は
朝市と2014年に旧市立劇場跡にオープンしたパテ映画館、劇場総合文化センター(Pathé Le Mans
Quinconces カンコンス)の前に朝から午後5時まで、衣料雑貨品の市、そして日曜日は大きい朝市と古物
雑貨(ブロカント)や古本屋(ブキニスト)のスタンドが立ちます。日曜日は食料の買い出しついでに
ブロカントをのぞき、そして、広場のカフェで一服するのも悪くないでしょう。
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ルマンといえば、耐久レースの次に思い出すのがこのリエット。豚の胸肉や肩肉に水と塩を加えて煮ること
数時間、今は手間暇かけずとも、スーパー、豚肉屋さん、朝市でも大中小のポットに入ったリエットが買え
ます。りんごの産地でもあり、りんご酒(シードル)も多いです。サルト県南部の狭い地域でのみ生産
される白ワイン,ジャニエールは、希少価値のあるワインです。
pommes P1020400Le marchéLe marché

旧市街見学 

カエサルのガリア征服によって、この地セノマンも紀元前57年にローマ軍に侵略されました。その
名残は、サルト川の川岸を散歩すれば、目に入ってくる城壁です。3世紀に建設されたローマ建築の
城壁は、本格的な基盤もなく1700年もの間、立ち尽くしています。12の塔と門が一つ残っており、
フランス唯一の遺跡です。      
Ovniの2015/03/16号(実)さんが、歴史を語っています。必見!
【特集】旧市街の隅々で石たちの語るルマン
Le MansLe Mans Mur romain

プランタジェネ地区(ル・ヴュー・マンLe vieux mans) は町中にある旧市街。11〜15世紀に建て
られたサン・ジュリアン大聖堂(La cathedrale St Julien)を中心とした旧市街は中世の面影を残して
います。住宅と思しき建造物には、文化財指定のマークがあちこちに見られ、当時の姿を維持しようと
する努力が見られます。
Cathédrale P1040901Cathédrale P1010749

古い建物が立並ぶ石畳の道は、ジェラール・ドパルデューの主演した「シラノ・ド・ベルジュラック」など、数々の中世を舞台にした映画のロケとしても 使われています。 
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Fiche Cyrano Fiche MoliéreFiche Le Mans

プランタジェネ王朝
“イ ギリスの封建制度は、ノルマン王朝を開いた.ウイリアム一世の時から、異例とも言えるほど他国に比べ王権が強かった.12世紀の半ばに、血統の関係によ り、フランスから入って王位についたプランタジェネ家は、フランスにも広い領土を持って勢力が非常に大きかった。” (日本の高校世界史の教科書)

この王室があった都が、実は、このさくら友好協会があるルマン市なのです。特に旧市街は、歴史がある美しい町です。

ルマン市ガイドブックから…
1128年、ルマン市の中心街にあるサンジュリアン大聖堂で、ジョフォア五世とイングランド王ヘンリー一世の娘,マチルドが結婚したことで、プランタジェネ王朝の歴史の始まった。この地、ル・メ ンヌは、アンジュー伯領であった。プランタジェネという名は、 伝説によれば、ジョフォアが、都に近い荒野での狩猟を好み、花咲いたエニシダ(ジェネ)の小枝を帽子に飾っていたことで、ルマンの人々がイングランドを治 めようとする王家に、与えた名であった。
1790年以来、 ルマン市役所として利用されている建物は、当時の面影が外壁と窓しか残存していないが、ジョフォアとその子、プランタジェネ朝第一代イン グランド王となる、アンリ二世がここで誕生した。 また、第二代イングランド王リシャー獅子王の妻、ベランジェール王妃は、王の死後、長い未亡人生活をこの館で過ごした。
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ルマン市市役所(Hôtel de ville)の正面と裏面
アンリ二世が誕生した部屋は、現在市長室として使われているあたりだといわれています。

2015年メカニックレース

4月のバイク、5月のバイクグランプリ、6月はかの有名な車のレース、そして10月のトラックレースが
メインレースです。6月の24H耐久レース時期には、ルマン市の人口が2倍にふくれあがり、レース観戦に
来る外国人の60%がイギリス人だそうです。
公式サイトはAutomobile Club de l’Ouest: http://www.lemans.org/accueil/index.html

2015年:
• 3月14-15日   Fun Cup
• 3月28-29日   スパーバイク
• 4月18-19日   24時間バイクレース
• 5月1-3日     GT Tour 
• 5月15-17日   バイクのフランスグランプリ
• 5月31日     "ルマン24 時間レース" テスト走行   
6月13-14日   第83回"ルマン24 時間レース"
• 6月27-28日   24時間ロラースケートレース
• 7月3-5日     ACO祭と 24 時間ゴーカートレース
• 7月11-12日   24時間サイクロモーター
• 7月18-19日   フランスプロモスポーツ杯
• 7月24-26日   スーパーワーゲンフェスティバル
• 8月22-23日   24時間自転車
• 9月10-13日   ゴーカートKZ世界チャンピョン
• 9月25-27日   ルノーワールドシリーズ
• 10月3-4日    ブガッティマラソン
• 10月10-11日   24 時間トラックレース

ル・マン市は、三重県鈴鹿市と友好提携協約を結んでいます。

「ル・マン」市は、日本では24時間耐久レース(1923年から)の開催場所として広く知られています。
パリのモンパルナス駅からTGV(新幹線)に乗り、15分もすれば大都会を離れ広い田園地帯が列車の
窓に広がります.田園風景を眺めながら一時間足らずで、小都市ル・マンに着きます。パリの南西
約180kmの所、ペイ・ド・ラ・ロワール地方のサルト県の県庁所在地です。パリ、ドゴール空港からの
直行TGVもあります。
carte francele mans TGVP1020381

知る人ぞ知るル・マン市は、三重県鈴鹿市と友好提携協約を結んでいます。

ル・マン市 提携年月日1990年(平成2年)5月27日、以下鈴鹿市のホームページのコピーです。

『提携の動機 ル・マン市には、世界的に有名な「ル・マン24時間耐久自動車レース」が開催される
サルト・サーキットがあり、鈴鹿市にも「F1日本グランプリレース」が開催される鈴鹿サーキットが
ある。また、ル・マン市にはルノー自動車工場があり、鈴鹿市にも本田技研の自動車工場がある。
人口も両市は良く似た規模であること等から、双方に共通点が見られ、このような類似性から、両市
の交流が始まった。

 パリ共同宣言
フランスのパリ市において、2013年(平成25年)9月13日に鈴鹿市とル・マン市、ユースダール市
(スウェーデン)の三都市で「地域共生と世界平和に関する日仏瑞三都市共同宣言」を行った。』

1997年はフランスにおける日本年に当たり、鈴鹿市の派遣団の他,書家も来仏され、文化会館で合同
書展が開催されるなど、交流が盛況な時期もありましたが、その後15年間は、両市間の交流が行われ
た様子はルマン市では聞きませんでした。2012年になって毎年9月に開催されるルマンフェア
(昔ながらの農業祭の大型版)の招待国が日本に決まり、2013年9月、鈴鹿市から市長はじめ派遣団が
ルマン市を訪れ、交流が盛り返したようです。Sakura協会が協力してルマン総合文化センターで、再び、
書展が開催されました。
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「CARTE DE RESIDENT PERMANENT」「永続居留カード」

 日仏友好会というと、日本人会員が多いと判断されがちですが、実際には、日本が好きな人の集まりで、ほとんどがフランス人会員です。サルト県在住の日本人人口は、50-60人ではないでしょうか。ちなみに、会員は50人ぐらいで、その内の3人が日本人です。
 さて、私のフランス生活は長く日本での生活期間をはるか上回ってしまいました。フランスで生活するには、フランス国籍をとる(日本国籍の放棄)か日本人のまま居留カードを更新するか、いずれかです。2008年頃だったか、10年カード(CARTE DE RESIDENT DE LONGUE DUREE)のほかに、「CARTE DE RESIDENT PERMANENT」があることを知りました。「永続居留カード」です。揃える書類は10年カードの更新とほぼ同じですが、そのほかに、なぜそのカードが欲しいか動機を説明する手紙を添えなければなりません。サルト県での手続きは、書類提出をするためのアポイントをとるのに待たされましたが、提出してしまえば面接など一切ありませんでした。書類は県庁で審査されたのち、市長にも書類がまわされ審査されると聞きました。提出3ヶ月後、カード受け取りの際、10年の期限が記入してあるのを見て、10年カードと変わらないのかと質問したら、『10年たてば、年を取って顔がかわるでしょ。フランス人の身分証明書と同じですよ。』だそうです。
 カードのサイズが半分になっています。VISAカードなどと同じサイズです。
  carte de résident permanent

ルマン24時間耐久レース

2015年の24時間耐久レースは、6月13日、14日に開催
12日はルマン市中心街で、レーサーのパレードが行われます。

24h parade 324h parade 4
24h parade 224h parade 1


パトリック・デンプシー Patrick Dempsey

Patrick Dempsey
以上は、2014年8月28日の週刊誌”パリマッチ”の記事です。パトリック・デンプシーはテレビ、映画俳優として知られていますが、2009年に初めて世界で最も有名な24時間耐久レースに出場し完走できたことを子供の夢がかなったようだと表現しています。自分は、100%のアメリカ人だけれど、ルマン市周辺の田舎は、まるで、我が家のようだし、緑が多く、おだやかで、一息つくには良い所だそうです。
パリ、モンパルナス駅から1時間足らずで来られる小都市、ルマンへ、皆様も是非訪れてください。

2005年39歳の時に、カーレーサーになろうと決心し、努力の甲斐あって、2007年に初めてレースに出場できた。その年に、ルマン24Hレースを観客の立場から初めて観戦したが、それは、評価すべきイベントだった。それからは耐久力を養うべく、自転車を始め、2008年から自身のデンプシーレーシングを設立して色々なレースに出場した。もちろん、ルマン24Hに取り組むためであった。2009年6月には、出場の心構えが整った。

2011年は、「マツダ787B」の優勝20周年を記念し、ルマン・サルトサーキットで優勝ドライバーのジョニー・ハーバート、パトリック・デンプシーがデモンストレーション走行をしました。
24h cathédrale24h Patrick et Jonny24h24h Mazda787B
パトリックと笑談している右手の方は、24Hレースで29回出場記録保持者のミスタールマンこと
寺田陽次郎さんです。




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