
ヴァージニアさん
なぜ、日本の岩手からフランスのペルシュへ来ることになったのか?
ペルシュロン馬が輸出された一番遠い国が日本なのです。
『1913年に、ペルシュのイレネーが種牡馬として日本へ輸出され、日本のばんえい種の父と称されて
いる。北海道帯広のばんえい競走は熱狂的なファンも多く、帯広競馬場前には、イレネーの功績を称え
像が建てられている。この黒種牡馬イレネーはペルシュロン種で初めて銅像の対象になっている。
北海道では人気が高いばんえい競走ではあるが、フランスでは,あまり知られていない。』
ペルシュロン馬の故郷であるフランスのペルシュ地方に在住し、ペルシュ伝統文化博物館(Ecomusée du
Perche)と協力しながら、毎年8月15日(祭日)にペルシュロン馬の祭典(Fête du Cheval Percheron)を
催している、
ヴァージニアさんは、岩手県遠野市の馬搬専門家である、岩間敬氏の馬に関わる取り組みの様子を写真で見て、"馬搬・流鏑馬・チャグチャグ馬コ"など、多方面で活躍されているのを知りました。
ペルシュ馬祭にぜひ招待し、そうした日本と岩手の馬事文化、ペルシュロン馬の活用の様子を紹介したいと
考えました。道具や衣装が、伝統として受け継がれ、昔、フランスから遠い日本まで送った馬達が、その
土地の風土や代表的なお祭りの主役となっていることは本当に素晴らしく、それをまったく知らない
フランスやヨーロッパさらに世界の人に紹介したいと思いました。
…今日、それが実現したのでした。
